2026年1月 2. 思いやり

 日本の教会は「平和と幸せ」と題した意向を掲げました。意向文には「互いを思いやって平和と幸せを求め」とあり、平和の実現の第一歩は思いやりの心であると再確認するよう、私たちを招いています。そこで、今回は「思いやり」ということばの意味を探って、平和への歩みを踏み出すことにしましょう。

 「思いやり」の「やり」には「遣」という漢字が充てられ、その意味には、行かせる、使いとしてやる、つかわす、が挙げられます。歴史で習う遣唐使や、教会では使命に派遣する、といったときの文字で、方向性、ベクトルを表わす語です。

 したがって、思いやりとは、単に心と心を重ねるだけではなく、自分の思いを相手に伝え、相手の気持ちを受けとめるといった関係を内在しているのでしょう。さらに相手が困っていたり、苦しんだりしていると気づけば、その状態が改善されるように行動をもって示そうという態度が含まれています。もし自分が相手の立場だったらどう感じるかが、思いやりの出発点になっていると言えるでしょう。

 また、英語で表現すると、consideration(気遣い)やkindness(優しさ)となります。また、深い同情という意味でcompassion(コンパッション)と置き換えることもでき、それは、イエスが人々に対して示している基本的な姿勢であることに気づかされます。「com」は「ともに」という意味で、コミュニケーションもコミュニティもcomで始まる語です。passionは一般的には情熱の意味で用いられますが、イエスの十字架上での死である「受難」もpassionです。苦しみや悲しみを担い合う姿勢を、イエスは最後まで貫いたと言えるでしょう。

 思いやりの心こそ、平和への出発点であり、イエスの生き方であったことが理解されたでしょうか。2026年の初めに、今年こそ思いやりの心で過ごしていくことができるようにと、祈りをささげてまいりましょう。