2026年1月 5. 物語に入り込む
教皇の意向に示された「みことばによる祈り」のひとつの方法として、観想的な祈りがあります。これは、レクチオ・ディヴィナの第四段目のコンテンプラチオとは異なった祈り方です。その方法とは、聖書に描かれている物語の場面に入り込んで、そこでの出来事をそこに登場する人の気持ちになって味わい、感じ取るといったものです。登場人物の一人になって味わってみましょう。そこに描かれている人になりきって、状況を感じ取り、神が私たちに何を伝えたいかを受け取るのです。
一つの場面をたとえに、実際に試してみましょう。四人の男が中風の人をイエスに会わせるために、屋根に上り瓦をはがして穴を開けて、病人の寝ている床ごとイエスのいるところにつり降ろした、有名な奇跡の場面です。群衆に阻まれて、家の中に運び込むことができなかったのです。イエスはこの人たちの深い信仰と決意に感銘し、まず中風の人の罪をゆるし、「起き上がり、床を担いで家に帰りなさい」と言われて、癒しました(マルコ2・1-12、マタイ9・1-8、ルカ5・17-26)。
さて、この物語の中で、その場面にいる誰になりますか。イエスに会おうと群衆の一人としてイエスのすぐ前に陣取っていた人、屋根に上り瓦をはがすのを手伝った人、四人の男の一人、床のままイエスの前につり降ろされた中風の人など、その場面の中の一人を選んで、実際にその場面に身を置いた状況を思い浮かべて、味わうのです。映画のように、映像になった物語を鑑賞しているのとは違います。実際に物語に入り込むことが肝心です。いろいろなことを感じ取ることができるでしょう。そしてなによりも神のいつくしみとあわれみを肌で感じ取ることができるでしょう。
ロヨラの聖イグナチオも、この観想の方法を奨めています。祈ってみたい聖書の場面、例えば、イエスが裁判にかけられている場面、ゴルゴタの丘を登っている場面、ヨハネがイエスに洗礼を授けている場面など、想像の中で描きやすい場面から、是非この観想の方法を試してみてはいかがでしょうか。

