2026年2月 1. ユスト高山右近の最期
日本の教会は意向に「信仰の証し人」を取り上げ、日本の殉教者に倣って神に信頼と希望をおくことができるようにと祈るよう、私たちを導いています。一年の中でこの2月は、殉教者の営みに思いをいたす大切な時期であり、3日は「福者ユスト高山右近殉教者」を、そして5日は「日本26聖人殉教者」を記念してミサをささげます。
ユスト高山右近は1615年にフィリピンのマニラでその生涯を終え神に召されました。命日ははっきりとしていないのですが、通説にしたがって2月3日を記念日と定めています。
右近は日本26聖人殉教者のように、処刑されて死を迎えたのではありません。徳川家康の禁教令により国外追放となり、前年の1614年10月17日に長崎からマニラに向かいました。当時のフィリピンはスペインの統治下にあったので、カトリック信徒であった右近は国賓として熱烈な歓迎を受けましたが、長旅の疲れと慣れない環境のもとでの生活で、到着からわずか40日余りで病に倒れてしまったのでした。
列福に際して、バチカンの列聖省は右近の死を殉教として認定しました。彼は自らの死をいくら望んでも、それをかなえることができませんでした。日本26聖人殉教に際しても、右近は殉教を切望しましたが、それはかなえられませんでした。キリストのために喜んで死ぬことを覚悟していましたが、結果としてはマニラへの流刑で死ぬことはかないませんでした。しかし、殉教とは生も死もすべて神の手に任す生き方、キリストに倣って自分をささげつくす生き方です。
右近が殉教者であることは、今の私たちの生き方に大きな示唆を投げかけています。現代の日本で信仰のために殺されることはありませんが、毎日の生活の中で生きるも死ぬもすべて神に委ねる生き方が求められているのでしょう。ユスト高山右近の最期を黙想し、私たちの日々の生活を整えてまいりましょう。

